| 潤二 的个人资料榮耀 · 軌跡照片日志列表 | 帮助 |
|
|
2006/7/14 人生とは旅であり、旅とは人生である 迟了一些贴出来,中田的退役信……看了之后感慨万千啊。心里有点梗,想来,从喜欢他那天起,就知道这一天会来。只是,感觉 是有点快了。所谓感动,就是如此吧...
人生就像是旅行,旅行即是人生……
----------------------------------------------------------------------------------------------
“人生とは旅であり、旅とは人生である” 2006.07.03 中田 英寿 ~1985年12月1日 - 2006年6月22日~ 俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。 8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。 あの顷はボールを蹴ることに梦中になり 必死でゴールを决めることだけを目指した。 そして、ひたすらゲームを楽しんだ。 サッカーボールは常に傍らにあった。 この旅がこんなに长くなるとは俺自身思いも寄らなかった。 山梨の県选抜から関东选抜、U-15、U-17、ユース、そしてJリーグの一员へ。 その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。 五轮代表、日本代表へも招聘され 世界中のあらゆる场所でいくつものゲームを戦った。 サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。 サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。 喜び、悲しみ、友、そして试练を与えてくれた。 もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。 それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、 “粮”となり、自分を成长させてくれた。 半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に 约10年间过ごしたプロサッカー界から引退しようと决めていた。 何か特别な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。 今言えることは、プロサッカーという旅から卒业し“新たな自分”探しの旅に出たい。 そう思ったからだった。 サッカーは世界で最大のスポーツ。 それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。 选手は多くの期待や注目を集め、そして胜利の为の责任を负う。 时には、自分には何でも出来ると错覚するほどの赏賛を浴び 时には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。 プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と问われても 「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。 责任を负って戦うことの尊さに、大きな感动を覚えながらも 子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。 けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後 サッカーを爱して止まない自分が确かにいることが分かった。 自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。 それは、伤つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。 厚い壁を筑くようにして守ってきた気持ちだった。 これまでは、周りのいろんな状况からそれを守る为 ある时はまるで感情が无いかのように无机的に、またある时には敢えて无爱想に振舞った。 しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。 ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ 込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ 挨拶をした时、もう一度その感情が喷き上がってきた。 そして、思った。 どこの国のどんなスタジアムにもやってきて 声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。 世界各国のどのピッチにいても闻こえてきた「NAKATA」の声援――。 本当にみんながいたからこそ、10年もの长い旅を続けてこられたんだ、と…。 サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特别な场所だった。 最後となるドイツでの戦いの中では、选手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに 「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。 俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。 今の日本代表选手个人の技术レベルは本当に高く、その上スピードもある。 ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す术を知らなかったこと。 それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年间やってきた。 时には励まし、时には怒鸣り、时には相手を怒らせてしまったこともあった。 だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。 ワールドカップがこのような结果に终わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を见せられたのか、 何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。 正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか… ちょっと自信がなかった。 けれどみんなからのmailをすべて読んで 俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、 それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。 それが分かった今、プロになってからの俺の“姿势”は 间违っていなかったと自信を持って言える。 何も伝えられないまま代表そしてサッカーから离れる、というのは とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。 だから今、俺は、安心して旅立つことができる。 最後にこれだけは伝えたい。 これまで抱き続けてきた“夸り”は、 これからも俺の人生の基盘になるだろうし、自信になると思う。 でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ 守ることが出来たものだと思う。 みんなの声を胸に、夸りを失わずに生きていく。 そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困难なことがあろうと 乗り越えていけると信じられる。 新しい旅はこれから始まる。 今後、プロの选手としてピッチに立つことはないけれど サッカーをやめることは绝対にないだろう。 旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、谁かと言叶を交わす代わりに ボールを蹴るだろう。子供の顷の瑞々しい気持ちを持って――。 これまで一绪にプレーしてきたすべての选手、関わってきてくれたすべての人々、 そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。 “ありがとう” |
|
|